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福岡地方裁判所 昭和50年(ワ)1202号 判決 1979年5月18日

原告

力武武晴

被告

福岡個人タクシー協同組合

ほか一名

主文

一  原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自原告に対し金一四一万六、五九三円及びこれに対する本訴状送達の翌日より支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

(被告ら)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は被告福岡個人タクシー協同組合(以下被告協同組合という。)の組合員で個人タクシー業を営むものであり、被告山浦は被告協同組合に雇傭され、事故係を担当しているものである。

2  事故の発生

原告は昭和四九年一一月八日午後一〇時五〇分頃、普通乗用自動車(個人タクシー、福岡五五あ七一―七七、以下原告車という。)を運転して室住団地に向け進行中・福岡市西区有田二丁目一―六の交差点(信号機の設置はない。以下本件交差点という。)に差しかかつた。原告は同交差点の直前で一旦停車して右方の安全を確認(左方はブロツク塀により安全の確認はできない。)したうえ、徐行して交差点内に進入し左方の安全を確保しようとした途端、左方から右側車線を高速で進行して来た訴外田篭康伸(当時一九歳、以下訴外田篭という。)運転の普通乗用貨物自動車(福岡四四ぬ七五一四、以下加害車という。)に自車左前部を激突されて原告車は全損の状態となり、原告は後記の傷害を受けた。

右交差点は原告車の進行道路の幅員が訴外田篭のそれよりも明らかに広いうえに、原告は一旦停車及び徐行をしているのであるから、右の事故発生につき原告に過失は全くなく、交差点に進入する際の徐行義務を怠りかつ道路右側を進行した訴外田篭の一方的な過失によつて右の事故が生じたものである。

右の事故により原告は、頭部打撲傷、頸部捻挫、右肩部打撲傷等の傷害を受け、事故当日の昭和四九年一一月八日から同月二六日まで安藤外科病院で通院加療、同月二九日から昭和五〇年三月二五日まで馬場外科に入院、その後約二カ月間同外科での通院加療を要したものである。

3  示談交渉の経過等

事故翌日の昭和四九年一一月九日被告山浦が原告に会つた際原告に対し、本件の事故処理をしてやると申出たので原告としては事故処理に不案内であるし、同被告が被告協同組合の事故係であるので、誠実な事務処理をしてくれるものと思つて被告山浦に委せることにした。

しかるに、被告山浦は原告の意向を十分にたずねることなく、かつ重要事項について原告の承諾を得るなどの行為をせずに、一方的に訴外田篭との示談交渉を進め、昭和五〇年六月一七日頃、同訴外人との間に左の示談(以下本件示談という。)をしていることが同年一〇月に至つて原告の調査によりようやく判明した。

示談金額一四二万一六五六円

(一)イ 治療費 一四六万七三二〇円

内訳 一三八万五六二〇円(馬場外科)

八万一七〇〇円(安藤外科)

ロ 入院雑費 三万二四〇〇円

ハ 慰藉料 五四万円

ニ 休業補償 七三万九三五〇円

合計 二七七万九〇七〇円

(二) 右から過失相殺として二割(五五万五四一四円)を減じた残額二二二万一六五六円

(三) 右の金額から自賠責保険金八〇万円を控除した一四二万一六五六円を示談金額とする。

ところで、現在までに本件事故に関して原告が受取つた金額及び自賠責保険金の内訳は次のとおりである。

(一) 自賠責保険金八〇万円

イ 昭和五〇年一月三〇日 仮渡金二〇万円(原告受取り)

ロ 日時不詳 安藤外科八万一七〇〇円

ハ 昭和五〇年四月八日 原告へ五一万八三〇〇円

(うち三一万八三〇〇円を馬場外科へ支払う。)

(二) 原告が被告山浦等から受取つた金額等

イ 昭和五〇年二月一八日頃訴外田篭からの立替金として二〇万円

ロ 同年四月九日頃 同じく五万円

ハ 同年七月一五日頃被告山浦から示談金として六一万一六五六円と馬場外科の治療費の一部に充てるものとして二〇万円、合計八一万一六五六円

ニ 同年同月一七日 被告山浦が馬場外科に原告の治療費の一部として二〇万円を支払つている

前記の示談金額があまりに低額であることは後記のとおりであるが、被告山浦は昭和五〇年七月一四日頃、訴外田篭から示談金額一四二万一六五六円から前記の立替金計二五万円を控除した一一七万一六五六円を受取つているのに拘らず、このうちから前記のとおり原告に八一万一六五六円を渡し、馬場外科に二〇万円を支払つたのみで、残額一六万円の使途を明らかにしない。

右一六万円は同被告において着服しているものである。

4  本件事故により原告の受けた損害額 三四七万八二四九円

本件事故により原告は少くとも次の損害を受けている。

(一) 治療費 一四六万七三二〇円

内訳 一三八万五六二〇円(馬場外科)

八万一七〇〇円(安藤外科)

(二) 入院雑費 四万六八〇〇円

一日四〇〇円当りの入院期間一一七日分

(三) 慰藉料 八二万五〇〇〇円

約四ケ月の入院及び約三ケ月の通院加療であるから、原告の受けた精神的苦痛は少くとも入院一ケ月一五万円の割、通院一ケ月七万五〇〇〇円の割により八二万五〇〇〇円で慰藉さるべきものである。

(四) 休業損害 一一四万一一二九円

事故前三カ月の収入(昭和四九年八月分―二八万〇二六〇円、同年九月分―二四万六六〇〇円、同年一〇月分―二七万四四五〇円)を基礎とし、一日八、九〇三円の休業期間一四三日(昭和四九年一一月九日から同五〇年三月三一日まで)分から、休業中、代務者よりの取得金一三万二〇〇〇円を控除した額(個人タクシー有資格者の運転によつて原告の車両よりの収益分を原告が受領した額を控除したもの)。

<省略>

5  被告山浦の行為により原告の受けた損害

原告は前記第四項の三四七万八二四九円から自賠責保険金八〇万円を控除した二六七万八二四九円を訴外田篭に対し損害賠償の請求ができる筋合のものであるところ、被告山浦は右訴外人との間に前記第3項記載のとおり一四二万一六五六円で示談してしまつたので、右訴外人への追及は断念せざるをえなくなり、その差額一二五万六五九三円が被告山浦の行為により受けた原告の損害である。(なお、前記第3項末尾記載の横領金一六万円はこれとは別個の損害である。)

6  被告らの責任

被告山浦は被告協同組合の事故係担当者であるから、その職務上交通事故の損害賠償の交渉に当つては、当事者の意思を尊重するのは勿論のこと、当該事故における損害額がいくばくになるか、過失の有無、過失相殺をすべきや否やにつき十分に知つているはずであり、知つていなければならないものである。しかるに、本件示談にあつては、被告山浦は原告の意思を無視し、示談書作成及び示談金の受領に際しても原告の立会はおろか勝手に協同組合に保管してある原告の印鑑を押捺し、一方的に相手方との間に極めて低額な額で示談を成立させたものであつて、これにより原告に前記の如き損害を与えた。これは被告山浦の故意又は過失に基づく損害であるから、被告山浦にはその損害を賠償すべき義務がある。

被告協同組合は被告山浦の使用者であり、原告の右損害(横領金一六万円を含む。)は被告山浦が被告協同組合の事業の執行中になした不法行為により生じたものであるから民法七一五条に基づき原告に対し右損害を賠償すべき義務がある。

7  結論

よつて原告は被告らに対し、各自前記第3項末尾の横領金一六万円と第5項の損害金一二五万六五九三円の合計額一四一万六五九三円及びこれに対する本訴状送達の翌日より支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する答弁

(被告福岡個人タクシー協同組合、以下被告組合という。)

1  請求原因1、2は認める。

2  同3、4、5は不知。

3  同6の責任の法的根拠は認める。

(被告山浦)

1  請求原因1は認める。

2  同2について、同2記載のとおりの日時場所において事故が発生し、原告が負傷した事実は認めるが、「原告に全く過失がなかつた」など事故の原因については争う。

3  同3について、

(1) 昭和五〇年六月一七日訴外田篭との間で、示談が成立した事実を認める。

(2) 原告が受取つた金額は、同3の(一)及び(二)のイ、ロ、ニは認める。(二)のハの六一万一六五六円は、六二万一六五六円であり、合計八二万一六五六円である。

(3) 立替金計二五万円を控除したとあるが、立替金は、合計金四〇万円であり、それを控除したので、被告山浦は着服していない。

(4) その余については争う。

4  同4は不知。

5  同5、6、7は争う。

6  本件示談交渉の経過について、

(一) 被告山浦は、原告から本件事故の処理について委任を受けた後、原告の昭和四八年度の所得税青色申告決算書の収入、入院、通院の各期間及び治療費等つぎのとおり計算し、原告の了解のもとに、加害者である訴外田篭に請求した。

(1) 休業補償 八五万八五〇〇円

原告の昭和四八年度の収入総額は二〇五万九二〇〇円で、これから必要経費として、三〇%の六一万七七六〇円を差引き、残金一四四万一四四〇円を三六五日で割ると一日の実収入額は三九四九円である。昭和四九年一二月にタクシーの運賃が値上げされたので、右一日の実収入額に賃上げ相当分を上乗せして、一日四七七〇円とした。原告は、昭和四九年一一月から五〇年三月まで入院、同年三月から同年五月まで通院し(但し通院実数二七日)、その間休業した。そこで、次のとおり休業補償を算定した。

4,770円×180日=858,500円

(2) 慰藉料 七八万〇〇〇〇円

入院期間は、一日五〇〇〇円、通院期間は一日三〇〇〇円として次のとおり算定した。

入院の分 5,000円×120日=600,000円

通院の分 3,000円×60日=180,000円

(3) 諸雑費 三万二四〇〇円

入院期間中は、一日三〇〇円、通院期間中は一日二〇〇円とした。

入院 300円×90日=27,000円

通院 200円×27日=5,400円

(4) 治療費 一四六万七三二〇円

(二) ところで、訴外田篭の父で加害車の所有者である田篭喜代治が自動車損害保険に加入している杷木町農業協同組合の連合会である福岡県共済農業協同組合連合会は、原告の損害を次のように査定した。

(1) 医療費 一四六万五三二〇円

雑費 三万二四〇〇円

慰藉料 五四万〇〇〇〇円

休業補償費金 七一万五五〇〇円

合計 二七五万三二二〇円

(2) 但し、原告に安全運転義務違反の過失があるので、これを二〇%として、五五万〇六四四円を過失相殺するので、原告に支払う損害額は、二二〇万二五七六円である。

(三) 被告山浦は、交通事故処理業務の様式と諸手数便覧(第一法規)等を参照し、且つ原告が福岡県公安委員会から、本件に関し、六〇日間の免許停止の行政処分を受けていることを考え、本件事故の場合、原告にも過失があることは否定できないと判断し、結局次のとおり交渉をまとめた。

(1) 原告の損害額の総額二七七万五〇七〇円

内訳(1) 治療費 一四六万五三二〇円

(治療費合計は一四六万七三二〇円であるところ計算ミスした。)

馬場外科 一三八万五六二〇円

安藤外科 八万一七〇〇円

(2) 入院雑費 三万二四〇〇円

(3) 慰藉料 五四万〇〇〇〇円

(4) 休業補償 七三万九三五〇円

(2) 原告の過失を二〇%と認め五五万五四一四円を過失相殺すると損害額は二二二万一六五六円となる。

(3) 右二二二万一六五六円から、次の金額を控除すると、原告が受領する金額は一〇二万一六五六円となる。

(1) 八〇万円

自賠責から、内七一万八三〇〇円を原告に、内八万一七〇〇円を安藤外科に支払われる。

(2) 一五万円

昭和四九年一二月一五日、訴外田篭の原告に対する仮払い。

(3) 二〇万円

昭和五〇年一〇月三〇日、訴外田篭の原告に対する仮払い。

(4) 五万円

昭和五〇年四月九日、訴外田篭の原告に対する仮払い。

(4) 昭和五〇年六月一七日、加害者田篭は原告に対し、二二二万一六五六円を支払う(但し自賠責八〇万円は控除。)旨の示談が成立し、被告山浦は、原告の同意のうえで、示談書に署名捺印した。

そこで被告山浦は、訴外田篭から昭和五〇年七月一四日、前記の一〇二万一六五六円と、訴外田篭の代理人原田務から、本件事故処理の謝礼の意としての一五万円の合計一一七万一六五六円を受領し、同日被告山浦は、原告に対し、一〇二万一六五六円を渡し、原告はこれを受領した。

なお同日、被告山浦は、馬場外科に治療代の一部として原告から預り同年七月一六日ごろ、馬場外科に支払つた。

7  治療費の支払いについて

原告の本件事故による治療費は次のとおりである。

馬場外科 一三八万五六二〇円

安藤外科 八万一七〇〇円

(一) 安藤外科に対する治療費は、すでに支払いずみである。

(二) 馬場外科に対する治療費は、前記被告山浦が代理して支払つた二〇万円の他、原告が五一万八三〇〇円を支払い、合計七一万八三〇〇円が支払い済みで、治療費の残額は、六六万七三二〇円である。従つて、原告は、六六万七三二〇円を馬場外科に支払う義務があるが、そのことは、被告山浦が原告に脱明し、原告も十分了解していた。しかして、原告は、昭和五〇年七月一四日、何ら異議を申立てることなく、一〇二万一六五六円を受領した。

8  一五万円の受領について

被告山浦は、訴外田篭の代理人原田務から謝礼金の趣旨にて、一五万円を受け取つたが、これは、本件事故の場合、訴外田篭の自動車に、久我圭一郎(一九歳)ら四名が同乗し、原告運転のタクシーに客として、干台威夫(三七歳)が同乗していたものであるが、右干台威夫ら五名も、本件事故によつて負傷し、特に干台威夫は、原告の客として同乗していたので、被告山浦は、右干台威夫の損害賠償についても、訴外田篭と交渉し、昭和五〇年六月二四日、同人との間に、示談が成立し、右干台は、原告に対する損害賠償の請求を事実上放棄するに至つた。謝礼金は、被告山浦がこのように、事件の解決に全面的に尽力したことに対する加害者側の謝礼の意味であり、被告山浦がこれによつて、原告に対し不利益に交渉したことは全くない。

第三証拠〔略〕

理由

第一被告山浦関係

一  請求原因一の事実は、当事者間に争いがない。

二  請求原因二の事実は、「原告に全く過失がなかつた」など事故の原因を除き、当事者間に争いがない。

三  そこで、本件事故の原因及び原告の過失の有無につき判断するに、成立に争いのない甲第一、第二号証の各一、二、原告本人尋問の結果(第一回)及び被告山浦本人尋問の結果を総合すれば、原告は原告車に客の訴外干台威夫を乗せて昭代方面から室住団地に向つて西進中、交通整理の行なわれていない本件交差点に差しかかつたこと、本件交差点の手前で一旦停車して右方の安全を確認したが、左側手前の角にブロツク塀があるため左方の安全は確認できなかつたにもかかわらず直ちに時速一五km位で発進したところ、左方から交差道路の左側を中央線ぎりぎりにかなりの高速で進行して本件交差点に入つて来た加害車に自車左前部に激突されたこと、本件事故によつて訴外干台も受傷し、原告車、加害車ともに損傷し、また、原告は免許停止六〇日間の行政処分を受けたこと、原告の進行道路の(車道)幅員は九・八m、交差道路の幅員は七mであること、が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、原告車の進行道路の幅員が交差道路の幅員より明らかに広いものとは認められないが、訴外田篭に交差点に入ろうとする場合の徐行義務及び前方注視義務を怠つた過失のあることは明らかである。

しかしながら、原告としても、交差道路を左方から進行して来る車の進行を妨害してはならない義務を怠つた過失があるものというべきである。

仮に原告車の進行道路の幅員が交差道路の幅員より明らかに広いものであるとしても、本件交差点の手前においては、原告車の進行道路より交差道路の左方の見通しは全く利かないのであるから、原告には、見通しの利く所まで最徐行で進出するなどして左方の安全を十分に確認してから本件交差点を進行すべき注意義務を怠つた過失があるものというべきである。

そして、以上の認定事実によれば、本件事故においては、原告にも少くとも二割を下らない過失があるものと認められる。

四  次に、本件示談の成立の経緯等につき判断するに、被告山浦が原告から本件事故の処理について委せられたこと、被告山浦が昭和五〇年六月一七日に原告の代理人として訴外田篭との間に左記の内容の示談をしたことは当事者間に争いがない。

示談金額一四二万一六五六円

(一)イ  治療費 一四六万七三二〇円

ロ  入院雑費 三万二四〇〇円

ハ  慰藉料 五四万円

ニ  休業補償 七三万九三五〇円

合計 二七七万九〇七〇円

(二)  右から過失相殺として二割(五五万五四一四円)を減じた残額二二二万一六五六円

(三)  右の金額から自賠責保険金八〇万円を控除した一四二万一六五六円を示談金額とする。

五  成立に争いのない甲第四、第五号証、乙第一ないし第四号証、同第二一号証、原告本人尋問の結果(第一回)によつて真正に成立したものと認められる甲第六号証の一、二、証人佐藤幹彦の証言によつて真正に成立したものと認められる甲第七号証の二、証人徳永哲也の証言によつて真正に成立したものと認められる乙第六号証、被告山浦本人尋問の結果によつて真正に成立したものと認められる乙第七号証、第一一号証、第一九号証、弁論の全趣旨によつて真正に成立したものと認められる乙第八、第九号証、証人松尾芳明、同佐藤幹彦、同徳永哲也、同平山福一、同原田務、同野鶴哲生の各証言、原告本人尋問の結果(第一、二回、但し、後記措信しない部分を除く。)、被告山浦本人尋問の結果を総合すれば、以下の事実が認められる。

1  被告山浦は本件事故発生日の翌日に原告より、本件事故の処理(原告の人損、物損及び訴外干台に対する交渉)を委せられ、原告より事故の状況を聴取し、原告車、加害車の損傷状況、事故現場の状況の調査を行ない、さらに、交通事故処理関係の図書を参照して、賠償請求の根拠を検討した。

2  右のような調査を行なつた後、被告山浦は、訴外田篭側と賠償請求の交渉に入つた。訴外田篭側では、訴外田篭の親戚の訴外原田務及び福岡県共済農業協同組合連合会の職員が交渉を担当した(訴外田篭の父で加害車の所有者である訴外田篭喜代治が杷木町農業協同組合及び右連合会と自動車損害賠償責任共済の契約を締結していた関係で、右連合会の職員も交渉を担当したものである。)。

3  被告山浦は訴外田篭側とまず原告車の損害についての賠償交渉を行なつた結果、昭和四九年一二月二一日、原告車の損害につき、過失割合を訴外田篭八割、原告二割とし、訴外田篭が原告に支払うべき損害賠償金を二九万六〇〇〇円とする示談を成立させた。

右交渉の過程において、被告山浦は原告に対し、過失割合を八対二とするならば示談が成立する可能性がある旨報告し、これに対し、原告は過失相殺されることに不満の意を表したが、被告山浦より、本件においては過失割合を八対二としてもむしろ原告に有利な示談である旨説明を受けて納得した。

そして原告は、右示談成立後間もなく、訴外田篭が支払つた右損害賠償金を被告山浦から受領した。

4  次いで被告山浦は、原告の傷害の賠償について、訴外田篭側と次のような交渉を行なつた。

(一) 休業損害

被告山浦は、まず、原告の昭和四八年分所得税青色申告決算書(収入金額二〇五万九二〇〇円、所得金額八一万五九〇二円、乙第一号証)、及び、被告組合青色共済会発行の(原告の営業収入)証明書(昭和四九年八、九、一〇月分合計四八万九六七〇円、月平均一六万三二二三円、乙第二号証)を原告の所得算定のための資料として検討したが、さらに、これらの書類のみでは原告を満足させるに足る賠償請求の根拠として不十分と思われたので、原告に対し資料の提出を求め、その結果原告が提出した原告の妻作成の運賃収入計算書(昭和四九年七、八、九、一〇月分合計一〇六万七三四〇円、月平均二六万六八三五円、甲第六号証の一、二)をも資料とし、右計算書記載の金額を基礎として、訴外田篭側と交渉した。しかしながら、訴外田篭側は、収入金額のほぼ半分を経費として控除し、その残額(月平均一三万三四一七円、一日当り四四四七円)を所得とするのが税務署に対する申告においても基準であるとして譲らなかつた。そこで、被告山浦は訴外田篭側の主張する線までの譲歩も止むを得ないと考え、原告に交渉の状況を説明したところ、原告も譲歩につき納得した。

被告山浦はその後なお田篭側と交渉を続けた結果、一ケ月の収入一四万三一〇〇円、一日当り四七七〇円、営業できなかつた日数一五五日ということで休業損害を算出する旨双方了承した。

(二) 慰藉料

被告山浦は入院一日当り四〇〇〇円乃至五〇〇〇円を主張したが、訴外田篭側が承知せず、交渉の結果、入院四ケ月、通院二ケ月として合計五四万円(入院一ケ月当り一〇万円、通院一ケ月当り七万円)ということで双方了承した。

(三) 治療費

実際に要した治療費は馬場外科一三八万五六二〇円、安藤外科八万一七〇〇円、合計一四六万七三二〇円であり(乙第七ないし第九号証)、争いがなかつたが、計算ミスで一四六万五三二〇円とされた。

(四) 諸雑費

入院九〇日、通院二七日として合計三万二四〇〇円(入院一日当り三〇〇円、通院二〇〇円)ということで双方了承した。

(五) 過失相殺

先に物損の賠償請求において、過失割合を八(訴外田篭)対二(原告)とすることを双方了承していたので、人損についても同様に処理するという考えから、この段階では別段話合がなされなかつた。

5  昭和四九年七月初頃最終的な示談案(その内容は前記三記載の示談条項と同じ。)がまとまつたので、被告山浦が被告組合事務所において、休業損害、慰藉料、治療費、諸雑費の各項目の金額及び原告の受領すべき金額並びにその計算過程を記載した紙片を原告に示し、右示談案について説明したところ、原告は必ずしも右示談案に満足したわけではなかつたが、結局右示談案によつて示談書を作成することを承諾した。

6  そこで被告山浦は、昭和五〇年六月一七日、訴外田篭との間において、原告代理人の立場で、示談書(甲第四号証)に原告の署名、押印をした。原告の右印鑑は税務申告の代行などをして貰うため被告組合に預けていたもので、原告は被告山浦が右示談書の作成につき右印鑑を使用することを暗目裡に了承していた。

7  右示談によれば、原告が本来受領すべき金額は二二二万一六五六円であるが、次のとおり合計一二〇万円の控除すべき金額があつたので、実際に原告が受領しうる金額は一〇二万一六五六円であつた。

(一) 八〇万円

自賠責から原告に対する保険金として支払われたもの(内二〇万円は仮渡金として原告に、内五一万八三〇〇円は馬場外科に、内八万一七〇〇円は安藤外科にそれぞれ支払われた。)。

(二) 一五万円

昭和四九年一二月一五日、訴外田篭の原告に対する仮払い。

(三) 二〇万円

昭和五〇年二月、訴外田篭の原告に対する仮払い。

(四) 五万円

同年四月、訴外田篭の原告に対する仮払い。

8  そこで被告山浦は、昭和五〇年七月一四日、訴外田篭の代理人原田務から、前記の一〇二万一六五六円、及び、本件事故処理の謝礼一五万円(この点については、後に判示する。)、合計一一七万円を受領し、翌一五日、原告に右の一〇二万一六五六円を手渡した。

9  前同日、被告山浦は、右の一〇二万一六五六円の内より二〇万円を原告から預かり、これを馬場外科の治療費の一部として支払つた(右支払によつて、原告は馬場外科に対して合計七一万八三〇〇円支払つたことになり、残額は六六万七三二〇円となる)。

10  原告は、先に昭和五〇年三月頃馬場外科より二〇万円を借用していたので、右の残額八二万一六五六円の内よりさらに二〇万円を馬場外科に対し返済した。

11  被告山浦は、前記原田務から、前記の一〇二万一六五〇円を受領したが、その際に、右金員と別に一五万円を受領した。これは、被告山浦が訴外田篭の相手方の代理人としてではあるが、本件事故の処理に尽力し、また、訴外田篭と前記干台威夫との間の示談の成立にも尽力したことに対し謝意を表する趣旨で、すなわち謝礼として、右原田が訴外田篭の父田篭喜代治の意を体し、原告に支払うべき金員と別個に一五万円を被告山浦に対し支払つたものであり、また別段被告山浦の方から要求したものではなかつた。

12  原告は本人尋問(第一、二回)において、本件示談に至るまで、被告山浦より交渉の経過、示談金の根拠等につき殆んど説明を受けておらず、訳の判らない内に被告山浦が一方的に示談をしてしまつた旨供述するが、右供述は前掲各証拠に照らし俄かに措信し難く、他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。

六  前記認定事実に基づき、被告山浦に原告主張の損害賠償義務があるか否かにつき判断する。

1  原告は、被告山浦が相手方との間に成立させた示談は極めて低額であると主張する。

そこで、本件示談交渉中より最も問題とされていた休業損害について見るに、原告がその主張の根拠とする前記運賃収入計算書はその作成過程、記載内容が必ずしも明確でない上右計算書に記載された金額は前記青色申告決算書ないし前記営業収入証明書記載の金額に比して余りに多額であり、それが原告の正しい所得を示すものであることは俄かに首肯しかねるものがある。

そして、かえつて、右運賃収入計算書記載の金額の半額を多少上廻り、また、前記営業収入証明書記載の収入金額(経費未控除。)を若干下廻る金額を所得、ひいて休業損害とした本件示談は一応の妥当性を有するものと考えられるのであり、少くとも右金額をもつて極めて低額であると断ずることはできない。

また、慰藉料及び入院雑費について見るに、原告主張の金額は損害賠償算定についての或特定の基準によれば相当であろうけれども、本件事故発生年月日、原告の傷害が打撲擦過傷、頸椎捻挫等の比較的重大ではないもので、入院した日は事故より三週間後であること等を考慮すれば、本件示談金額が到底容認できない程度不合理な低額であるとは断じ難い。

さらに、過失相殺についても、二割の過失相殺をしたことが誤りでないことは前記判示のとおりである。

なお、全体として、示談交渉は利害の対立する相手方のあることであり、また、示談によつて紛争を早期かつ平穏裡に解決しようとすれば、或程度の譲歩は止むを得ないことがあるものであり、仮に本件示談金額が多少低過ぎるとしても、譲歩の相当性の範囲を逸脱しているものとは認められない。

従つて、原告の右主張は失当というべきである。

2  原告は、本件示談に当り被告山浦は、原告の意見を無視し、示談書作成及び示談書の受領に際しても原告に立会させず、被告組合に保管してある原告の印鑑を勝手に押捺し、一方的に相手方との間に(原告に不利な)示談を成立させたと主張する。

しかしながら、前記認定事実によれば、被告山浦は本件示談交渉の過程において、原告と瘻々会つて事故の状況、示談についての意見ないし希望を聴取し、示談交渉に必要な資料の提出を求めていた。さらに、本件示談の成立に当つては、事前に示談案をかなり詳しく説明しており、それによつて原告が多少の不満の念を抱きながらも右示談案を了承したので、原告の代理人として本件示談書に原告の署名、押印をしたものである。原告は一度も示談交渉に立会つていないが、それは、原告が被告山浦に一切委せていたからであつて、被告山浦が原告の立会を殊更妨害した事実は認められない。

従つて、原告の右主張も失当である。

3  以上によれば、被告山浦が示談交渉の相手方から交渉成立後にせよ謝礼を貰つたことの是非は別として、同人が被告組合の事故係担当者、すなわち、組合員の依頼により交通事故の損害賠償の交渉に当る者(法律的に見れば、依頼を受けるのは被告組合であるが、事実上は組合員が直接事故係担当者に依頼している。)として、依頼者を害する故意を有していなかつたことは勿論、職務上要求される注意義務を怠つたこともないものと認められるのであり、従つて、その余の点を判断するまでもなく、被告山浦が原告に対し原告主張の損害賠償義務を負ういわれはないものというべきである。

第二被告組合関係

一  請求原因一、二の事実は、当事者間に争いがない。

二  被告組合は原告主張の被告山浦の損害賠償義務の存在を争うところ、右損害賠償義務が存在しないことは理由第一において判示するとおりである。

三  そうであるならば、被告山浦の右損害賠償義務を前提とする被告組合の使用者としての損害賠償義務が存在しないことは明らかである。

第三結論

よつて、原告の被告らに対する請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 川井重男)

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